不完全な美を、食や風景に。|写真家・奥 はる奈が贈るLightroomプリセット『Table Stories Collection』
CURBON PRESET LETTERS|奥 はる奈
CURBONのプリセットから広がる、アーティストたちの“写真と言葉”に触れる新シリーズ「CURBON PRESET LETTERS」。
プリセットは、ただのフィルターではありません。
それは、シャッターの先にある“まなざし”や“心の色”を分け合う、ひとつの手紙のようなもの。
どんな瞬間にレンズを向けたのか。どんな色に心が動いたのか。
そんな感覚を誰かと共有できるのが、プリセットの魅力です。
このシリーズでは、写真への想い、創作のルーツ、日常のひらめきを丁寧にひもといていきます。
第4回は、上品な世界観のテーブルフォトに合ったプリセットをリリースした写真家・奥 はる奈(Haruna Oku)さん。
彼女が見つめる世界を、そっと覗いてみませんか?
❋❋❋
まさか自分がカメラマンになるなんて——。
正直なところ、今でも自分をカメラマンと呼ぶことにしっくり来ていません。
でも、それでいいとも思っています。
ただただ、写真を撮ることが楽しい。
写真を撮ることと、料理を作ること。
違うように見えて、その根っこは繋がっている。
素材をどう扱い、どう表現するかは自由。
正解はないし、むしろ、どれもが正解。
みんな日々の営みを重ねている、それぞれが自分の生活を紡ぐアーティストなんだと思います。
写真の魅力
その昔、ペルーを旅していて、市場の肉屋のおじさんを撮ったことがあります。
手元で作業をしながら、こちらを大きな目でぎょろっと見ていて。
思わずシャッターを切りました。
忘れっぽいので、市場の名前はもちろん地名も覚えていません。
でもその写真を見ると、不思議なことにあの空気ごと戻ってくるのです。
混沌とした市場や、おじさんの真剣な手つきまで。
光景がわーっと脳内で再生されます。
近所の農家さんから、それはそれは綺麗なトマトをいただいたときも同じでした。
「撮りたい!」とワクワクが止まらなくて。
その時の感動も、トマトを籠いっぱいに渡してくれた農家さんの表情も、一枚の写真が閉じ込めてくれたりするのです。
写真には、そんな真空パックのような一面がある。
10数年の写真表現から生まれた、4つのプリセット "Table Stories Collection"
”Table Stories Collection” はこれまでの私が使ってきた中でも、特に使用頻度が高い4つのプリセットになっています。
なんと編集のプロであるカラリストの友人にもアドバイスをもらい、完成度を高めた特別なプリセットになっています(職権と友人濫用です)。
こうして振り返ると、この10数年で、私自身の撮影対象やスタイルは大きく変化し、編集のトーンも同じように変わっていきました。
前期:料理を「魅せる」ことに集中した時代
写真を始めるきっかけは、12年前に連載をしたレシピコラム"Banana Kitchen"でした。
当時は、どうすれば料理が美味しそうに見せられるかを追求していました。
そんな中でできたのが"Kodachrome"や"Cine Noir"のプレセットでした。
“Kodachrome”は、色彩を豊かに、料理の持つ生命力を強調するトーン。”Cine Noir”は、映画や絵画のような表現。Instagramのフーディー文化とも重なり、ダークで青みがかったドラマチックな演出が好まれました。
後期:余白や質感に美を見つける時代
ここ数年で、時代はフィルムやオールドレンズといった、アナログ感やノスタルジーがキーワードになるように。
そんな中、私もニセコで物撮りや風景、アウトドアシーンも撮るようになり、表現に変化が出てきました。はっきりとした世界から、目を凝らし、暗さの中から不完全な美を見つけるような世界に。"Hazy Fade"や"Vintage Grain”といった柔らかく霞んだようなトーンが生まれました。
まずはこの現在のトーンから、プリセットの詳細をご紹介していきます。
[撮影環境について]
自然光で撮ることが多く、RAW、色温度は5000~5500前後で撮ることが多いです。
撮影する時に白を取るか、編集時に白の対象物を見つけて色温度・色かぶりを設定し、その後自分の作りたい色に調整します。
◯ Vintage Grain
フィルムのようなざらっとした質感でアナログ感や温かさを演出
元々の写真素材を活かしつつ、深みが加わる万能なプリセット
[向いている写真]
料理やテーブルシーン、物撮り、ポートレート
[使いこなしのヒント]
適宜粒子、テクスチャや明瞭度を調整してください
オールドレンズを組み合わせると、滲んだ描写でさらにフィルム感がアップ
[プリセット適用例]
撮影時(左)色温度5000で撮影し、プリセット適用後、色温度5700、シャドウ+25、黒レベル+15
○Hazy Fade
色味やコントラストを抑え、柔らかく儚げな世界観を演出
緑やオレンジの暖色が乗り、フェードを効かせてフィルムライクに
“料理は明るく”の固定観念を外し、アンダー表現を楽しめるプリセット
[向いている写真]
曇天や光が少ないシーンにも
アンダーめの料理写真にもおすすめ
[使いこなしのヒント]
黒の色味を抑えているので、あえて露出を落とすと雰囲気が出ます
明瞭度は適宜調整してください
さらに、緑や青の色調を抑え、自然風景にもノスタルジーな印象を与えることもできます。
[プリセット適用例]
色温度は6000、プリセットを適用したのみで編集をしていません。
○Kodachrome
とにかく使いやすく料理以外も様々な場面に合う万能選手
色をはっきりと引き出し、料理を美味しそうに仕上げてくれます
[向いている写真]
「美味しそう!」を表現したい時の料理寄りショット、物撮り、ポートレートなど
[使いこなしのヒント]
食材の色によって、ポイントカラーで色合いや彩度、輝度を調整してください
[プリセット適用例]
色温度は5000、適正露出にした上で、プリセットを適用したのみで編集をしていません。
色温度は5700、プリセットを適用した後に露光量+0.4
○Cine Noir
海外のテーブルシーンのようなダークでシネマティックな雰囲気
黒の締まりが効いて、全体に重厚感を与える
[向いている写真]
テーブル全体を写した構図、ウッドテーブルや黒背景、強い光と影のあるシーン
[使いこなしのヒント]
青味が特徴なので強すぎると感じたら色温度でイエローに振るか、色かぶり補正でマゼンタを足してください
黒が特徴的なため適宜シャドウや黒レベルで調整してください
[プリセット適用例]
プリセットを適用した後、視線をデザートに向けるため、右下のお花がある箇所に斜めにマスクをかけ、シャドウを-100にして暗くしています。
グラスのきらめき、鍋から立ち上る湯気、ズッキーニから溢れる水滴——
日常のささやかな美しさに触れると、シャッターを切りたくなります。
自分の感覚や直感をドバーっと全開にして、写真がそれを掬い上げてくれる感じ。
見て、触れて、味わって、いいなと感じるものに出会う。
それこそが、他ならぬあなただけの感覚なんだと思います。
写真は自由でいいし、そのときめきに従えばいい。
私も、あなたも、自分だけの色に出会えますように。